眼鏡市場×mono

日常とスポーツ、アウトドアを繋ぐ
「i-ATHLETE」の先見性

元プロテニス選手の松岡修造さんをCM起用してデビューした『i-ATHLETE(アイアスリート)』は、2011年に誕生した眼鏡市場のオリジナルブランドだ。ハイテクに支えられたスポーツ系メガネでありながら、ユーザーのコア層は一般的な働き盛りの男性たち。それも、農業や建設現場などで汗する人々から、全国を駆け回るビジネスマンまで、職業も幅広いというユニークな特徴がある。

掛けやすい樹脂フレームをアピールした『FREE FiT(フリーフィット)』の大成功からわずか1年後。続く『i-ATHLETE』が打ち出したのは、日常とスポーツ、アウトドアをシームレスにつなぐ高機能なメガネ。現代人が求める高い“コスパ”を叶えたのは、モノ作りの専業工場が集まる鯖江だからこそ形にできる、世界最高峰の機能を備えた日本製の樹脂フレームだった。

指名買いするファンが特に多いという『i-ATHLETE』。そのモノ作りの現場では何が起こっているのか?モノ・マガジン取材班が開発のキーパーソンたちに迫った。

日本の働く男性たちが、本当に求めるメガネとは

吉田和弘さん(以下敬称略、吉田):大ヒットした『FREE FiT』の次に、どんなコンセプトを打ち出すか。そのひとつの方向性として、世界最高峰の樹脂フレームを作ってみたいという思いがありました。

『FREE FiT』や『i-ATHLETE』、『ZEROGRA(ゼログラ)』といった眼鏡市場の定番人気ブランドを手掛けてきた商品開発部部長の吉田さんは、ブランド開発の背景をこう振り返った。

吉田:当時私が注目していたのは、働く男性たちのメガネなんです。デスクワークの会社員もそうですが、特に農業や建設業といった肉体労働に従事する方々をイメージしていました。『FREE FiT』は確かに掛けやすいメガネですが、使用している樹脂の性質上、多量の汗をかいたり、炎天下に長時間晒されるような環境には向きません。作業中にどこかへぶつけたり、多少乱暴に掛け外しをしても壊れにくいメガネというと、当時は『オークリー』のようなスポーツグラスくらいしか選択肢がなかったんですよね。

眼鏡市場の商品開発部部長であり、鯖江市にある眼鏡市場の工場、キングスターの工場長も兼任する吉田和弘さん。

ならば自分たちも、肉体労働にフォーカスしたスポーツグラスを作ればいいのか?……そんな単純な発想にはならないのが、眼鏡市場らしいところだ。

吉田:我々はスポーツ専用のフレームを作りたかったのではなくて、普通のオプチカルフレームで高機能なスポーツ系をやってみたかった。汗でズレにくく、悪天候の屋外でも使用できて、なおかつ日常で掛けても快適。畑仕事や工場勤務、趣味のゴルフにはもちろん、スーツで打ち合わせする時にも掛けられる。そんなスポーツ系メガネがあったら面白いのではないかと思っていました。

高機能樹脂を使った「IA-450」は、スポーティなカーブと流線型のフォルムがクールな『i-ATHLETE』らしいモデル。ヒンジには濡れても錆びにくい無垢のステンレスを使用している。

偶然の出来事ではあるが、『i-ATHLETE』の発売は東日本大震災から間もない時期だった。リーマン・ショックなど世界的にも大きな出来事が重なった2010年代の初頭は、多くの人々が従来のライフスタイルや消費行動を見つめ直す、時代の転換点でもあった。

吉田:ちょうどあのころは、日本の都市部でも早朝にランニングしたり、自転車通勤を始めたりする健康志向のサラリーマンが増えていた時期です。

サイクリングウェアで通勤して職場でスーツに着替える場合、ヘルメットを被ると大半のフレームはズレてしまう。2本持ちするか、いっそコンタクトレンズに切り替えるかは、多くの自転車通勤者が悩むところだ。

吉田:そういったユーザーの声も、営業を通してよく聞いていました。うちの強みって、開発現場の動きと、全国の店舗から上がってきた声やマーケットリサーチが常に連動しているところなんです。日常でも掛けられるスポーツ系という『i-ATHLETE』のコンセプトは、まさにその賜物でした。発売後しばらくすると、今度はキャンプなどアウトドアの再ブームも起こりましたよね。これも結果的に大きな後押しになったと思います。

現在もキングスター工場に保存されている『i-ATHLETE』の初代モデル。

金属のメッキ処理を施せる強靭なプラスチック

『i-ATHLETE』のフレームには、スーパーエンジニアリングプラスチックのカテゴリに入る「ポリフェニルサルフォン(以下、PPSU)」が採用されている。衝撃に強く、200度以上の高温に耐える優れた耐熱性を備え、さらに柔軟性が高いので曲げにも強い。

吉田:PPSUは、医療や宇宙航空分野、消防士のシールドにも使用される非常に硬い素材。メガネ加工においては、最高難度の樹脂といっても過言ではないと思います。

導入したポイントは高い耐熱性だ。タフな使用シーンを想定した『i-ATHLETE』のフレームには、衝撃に対する強度はもちろん、強い摩擦や曲げによって塗装が剥がれない高品質な表面処理が必要だった。

吉田:樹脂は一般的に熱に弱い。普通は塗装を吹いてトップコートをかけたら、あとは常温で乾燥させるだけなので、どうしても塗膜が柔らかく仕上がるんです。すると、激しく曲げたときに割れたりはがれたりしやすいんですね。一方で耐熱性が高いPPSUなら、金属と同じメッキ処理が可能です。その部分を依頼したのが、鯖江にあるアイテックさん。メガネの表面処理において、日本随一の技術力を持っている会社です。

右がアイテックの代表取締役社長 黒田優さん。鯖江市内のメガネ製造における表面処理加工ではシェア60%を超える。

昭和23年に福井県鯖江市で創業したアイテック。メガネフレームや家電製品、スポーツ用品などにおける優れた表面処理技術で知られ、国内有数の専業工場を有している。代表取締役社長の黒田優さんが吉田部長から依頼されたのは、業界でまだ誰も見たことのない、金属のような見た目の樹脂フレームを作ることだった。

黒田優さん(以下敬称略、黒田):プラスチックのフレームに金属調のメッキを施すというのは、当時弊社でもトライしたことのない仕事でした。おそらく、世界のメガネ業界を見渡しても初めての事例だったと思います。

アイテック社内で展示されている表面処理加工のサンプル。

傷や曲げに強いハイクオリティな表面処理

『i-ATHLETE』の樹脂フレームがもつ、まるでメタルのようにソリッドかつハードな質感。ここにアイテックの技術が集約されている。

黒田:金属のメッキ処理は、高熱で皮膜を硬化して密着させるので、プラスチックの塗装よりも薄く、なおかつ硬くなります。『i-ATHLETE』では、PPSUにチタンと同じメッキ処理を施すことで、樹脂でありながら金属のような見た目と質感を出しているんです。どんな色を出すかで方法は変わるのですが、たとえば初代からある人気色のレッドは、パールのような光沢感が出るアルミの粉末を引いて、その上から赤色をのせています。自動車の塗装と同じような高級感のある見た目で、店頭でも好評だったようです。

パール感があり深みのあるレッドは初代からの人気カラー。細部までソリッドに見える質感の美と、傷や曲げに強い耐久性を両立する。

エッジの効いたフルリムが顔立ちを立体的に見せる「IA-457」。同じくアイテックが開発した、蓮の葉からヒントを得た独自構造による「強撥水コート」を施したモデルで、汗や雨水がフレームにつきにくい。

吉田:金属のメッキって硬いんです。『i-ATHLETE』のPPSUは曲げに強い超弾性の素材ですから、そもそもメッキをのせること自体が難しい。こうして強く曲げても、曲げた部分にシワもクラックも入らないのは、メッキの密着力が強いから。ここにアイテックさんの表面処理技術の高さが表れています。

冒頭で紹介したPPSU製の「IA-450」。この通りしなやかに曲げることができるが、マットなメッキ処理には全く影響しない。

黒田:メッキの皮膜が薄いほど傷もつきやすくなりますし、厚すぎると硬くなって曲げにくくなります。そこは試験を繰り返すことで、最適なバランスを探るしかありません。色合いについても、眼鏡市場さんの方からいつも細かい指示をいただきます。カラーリングは、すべて弊社の得意とするところ。むしろ当時の我々にとって本当にチャレンジだったのは、初回約2万5000本というケタ違いな量産の数でしたね(笑)。

工場内の様子。フレームを治具とよばれる専用のラックにかけて、メッキを施すための前処理(汚れなどの除去)を行なっているところ。

鯖江の職人技を結集した新しいスポーツ系メガネ

発売から14年を経た今なお、『i-ATHLETE』の樹脂フレームは進化を続ける。

黒田:フレーム表面の細かい傷を自己修復する『キズ回復コート』や、水・皮脂・汚れの付着を防ぐ『強撥水コート』などを備えたモデルも加わりました。これらの表面処理に関わる加工は、すべてアイテックの技術を採用いただいています。

吉田:PPSU製のフレームは、発売から一貫して日本製というのも弊社のこだわり。今も製造拠点となるキングスター工場で開発設計を行い、鯖江周辺のさまざまな専業工場さんの技術をお借りしながら新たな製品を作っています。たとえば『i-ATHLETE』の特徴であるヘッドグリップラバーは、ラバーとプラスチックを同時に成形している特殊なパーツ。これも鯖江市内の工場に依頼して、タイヤのような溝を持つ独自の構造を開発しました。

標準装備のヘッドグリップラバー。タイヤのような溝がメガネをしっかりホールドしつつ、汗や水を効率よく流して不快なズリ落ちを防ぐ。

モダンの形状にもさまざまなバリエーションがある。写真左の可動式モダンは、頭を振るなど急激な動作をしてもグリップしてズレにくく、新感覚の装着感が味わえる。

一方で、ビジネスマンのニーズが高いメタルフレームなどのラインナップも着実に広げてきた。これらのバリエーションにおいては、一部分で中国製造も組み合わせることで、柔軟に量産体制を築いている。

吉田:チタンは製造工程が多いですから、全国チェーンの製品を供給するとなると、国内工場だけでの量産は難しいんです。特に『i-ATHLETE』のチタンモデルは製造こそ中国の工場ですが、表面処理の品質検査や特殊なコーティングについては専業のアイテックさんに一任しています。最終的には弊社のキングスター工場ですべての製品を検査することで、高いクオリティを保っている形ですね。

アイテック社内で、表面処理の品質検査を行なっているところ。皮膜の厚みなどは機械で計測できるが、ゴミの付着や傷などの有無は人の目でチェックする。

トレンドの細身チタンフレームにスポーツテクノロジーを落とし込んだ「IA-463」。一見シンプルなフレームに見えるが……。

テンプルにβチタンをロープ状に編み込んだ「ワイヤーロープ」を仕込んでいるため、360度どの方向にも柔軟に曲がる。

「IA-487」は天地深めのカジュアルなウェリントン型だが、細身のメタルテンプルにはラバーパーツを付けた長いモダンを備え、ノーズパッドにもグリップ力のある素材を採用。ファッション性とアクティブな環境下でのフィット性を両立している。

近年の日本のメガネ業界では、日常とスポーツなどのシーンでシームレスに掛けられるコンセプトのメガネブランドが次々と誕生している。約10年早く誕生していたといえる『i-ATHLETE』の先見性は、このトレンドに少なからぬ影響を与えているはずだ。

吉田:私は仕事柄、新幹線移動する機会が多いのですが、ここ数年は、車内で『i-ATHLETE』を掛けているスーツ姿の方を本当によく見かけるんです。売り上げだけ見れば『FREE FiT』がダントツ。でも、最初から働く男性にターゲットを絞って開発した『i-ATHLETE』は、届けたい方に届いているという実感が強くあるブランドなんですよね。それが作り手として誇らしくもあります。

時代が真に求めているメガネの機能性とニーズに着目し、それをいち早く、可能な限りの技術力を結集してカタチにした『i-ATHLETE』は、眼鏡市場の中でも特に指名買いのリピーターが多い。万人にひらかれた日本最大手のメガネチェーンであると同時に、『i-ATHLETE』製品のような“ここにしかない”価値あるプロダクトにも出会えること。これもまた、眼鏡市場の知られざる本質なのだ。