福井県鯖江市は、国内で約96%、世界でも約20%を占めるメガネフレームの一大産地だ。なかでも、チタン製メガネフレームの製造において傑出した産地として知られており、1983年に世界で初めてチタン製メガネフレームの製造技術を確立して以来、〝鯖江産〟であることはトップ・オブ・クオリティーの証として海外からも高い評価を獲得している。
あまり知られていないことだが、鯖江産メガネのほとんどが分業制で製造されている。産業分野としてはフレーム製造、フレーム部品生産、加工工程を請け負う賃加工生産、組み立てを行なうメガネ生産などに大別されるが、それぞれの事業所は丁番、テンプル、ノーズパッド、塗装というふうに、さらに細分化・高度化した専門領域を持つ。
2019年の福井県工業統計調査によると、4人以上の従業員を抱える鯖江市内のメガネ製造業の事業所数は176所。その数は2001年(339所)の半分まで減少しており、各工程の職人の高齢化と相まって、技術の損失・産業存続の危機にさらされているのだ。
こうしたなか、眼鏡市場を運営するメガネトップは10年ほど前から鯖江市内の主要工場10社と連携。ノウハウを共有しあうなど、これまでにない協力体制を構築することで、鯖江産メガネのブランディング強化、ひいては新たな価値の創出に向けた動きを加速させている。
何を隠そう、眼鏡市場のPB商品はその極北。鯖江市が誇るメガネ製造技術の粋を集めた、最高品質のプロダクトといっても差し支えないだろう。
DIME編集部は、眼鏡市場のPB商品を支える主要工場を取材。本稿から2回にわたり、眼鏡市場のPB商品が高品質である理由をレポートする。
メガネにおける〝七宝加工の祖〟山田眼装
最初に紹介するのは、1978年創業以来、樹脂によるメガネの七宝加工を専業とする山田眼装だ。
そもそも七宝加工とは、樹脂を用いて色をつけたり、模様や絵を入れたりする部分塗装の技法を指す。一般的に七宝というと、加熱したガラスを金属に流した装飾を思い浮かべるだろうが、メガネフレームの場合は、着色料と硬化剤を混ぜたエポキシ樹脂やアクリル系樹脂を焼きつけて仕上げるのが主流だ。
この手法を確立したのが山田眼装であり、鯖江市内で七宝加工を請け負う七宝職人の多くが同社出身者であることから、鯖江市における七宝加工の源流とも呼べる名門なのだ。
山田宏明さん/山田眼装 代表取締役社長
――メガネトップと取り組みをはじめてどれくらいになりますか?
山田さん:30年近くになります。もともと七宝加工は私の父であり、創業者でもある先代の社長が開発した技術です。とにかく、人がやってないことを実現するのが好きなひとでしたから、七宝に着目したきっかけも〝メガネフレームに色がつくとおもしろいんじゃないか?〟というシンプルな発想だったと聞きます。
――ここ数年はフロントリムに色をつけたリム七宝が人気になるなど、若い世代の間で七宝がトレンドになっていますね。
山田さん:ありがたいことです。七宝加工をやり始めた当初は〝メガネに色を付けるとは何事や!〟と、メーカーさんからの風当たりは強かったそうです。それでも1980年代頃になると、インポートブランドのメガネがブームになりました。
ヨーロッパやアメリカ向けの10万円以上する高級品の七宝加工のほとんどを弊社で請け負っていましたし、現在でもチタンフレームの七宝加工に関しては鯖江の技術が最高峰。この道に携わって40年近くになりますが、これまで海外で七宝加工したチタンフレームを見たことがありません。
写真は「リム七宝」の作業風景。注射する要領で、熟練の職人が手作業で溶かした樹脂を流し込む。
――それはどうしてでしょうか?
山田さん:チタンという素材の特性でしょうね。もちろん、できないことはないと思いますが、ステンレスや合金と違ってチタンは加工が難しい。それは切削やロウ付けだけでなく、七宝加工に関しても同じことが言えるのです。
理想に応えるためには塗りながら感覚を養うしかない
写真は樹脂の調合風景。
――眼鏡市場のPB商品の開発・製造中枢であるキングスター工場の工場長は、山田眼装の技術に全幅の信頼を寄せています。山田社長にとって、七宝の良し悪しを左右する最大の要因とは何でしょうか。
山田さん:やはり職人としての感覚がすべてだと思います。七宝加工は、まずは樹脂を調合することから始まります。染料や顔料を混ぜて色などを調整したエポキシ樹脂やアクリル系樹脂をフレームに流し込むわけですが、そうした一連の工程を弊社ではすべて手作業で行ないます。
写真は流し込んだアクリル樹脂を炙る風景。樹脂が含んだ気泡をつぶすことも品質の良し悪しを左右する。
山田さん:30年以上前からメーカーさん別に専用台帳をつけて色のレシピを管理していますが、それでも染料や顔料の原色の種類は100や200じゃききませんし、樹脂は乾燥すると伸びますから、お客様の思い描く質感や肉盛りの七宝に仕上げるためには、流し込む樹脂の厚さだけでなく、湿度や気温を踏まえた上で、調合した樹脂の特性を見極め、粘度を調整する必要があります。ここで長年培ってきた職人の勘、手仕事の繊細さが物をいうわけです。
メガネの〝心臓部〟を担うフクオカ精密
次に紹介するのは、1947年創業のフクオカ精密だ。切削による精密加工や微細加工を得意とする加工メーカーで、同社のモノ作りについて眼鏡市場の自社工場・キングスター工場の責任者である吉田工場長は「世界一レベルが高く、世界一単価が高い」と豪語する。
事実、全PB商品の87%にフクオカ精密が手がけるパーツを採用している。しかも、それがもっとも稼働率が高いことから〝メガネの心臓部〟と呼ばれる丁番なのだから、絶大な信頼ぶりがうかがえる。
野村喜啓さん/フクオカ精密 営業部・課長
――メガネトップと取り組みをはじめてどれくらいになりますか?
野村さん:20年以上前から弊社の製品を採用いただいていまして、主に丁番やネジ、リムロックなどを納品させていただいています。
――海外の工場は自社で製造したネジや丁番を使ってメガネを製造するのが通例だと伺っています。ですが、眼鏡市場の場合は特殊で、海外の委託工場にまでフクオカ精密製のパーツを供給して製造ラインを稼働させていますよね。大手メーカーであっても、世界で一番高価な製品を採用するというのは、非常に珍しいケースです。
野村さん:世界で一番高価という自覚はありませんが(笑)、それでも〝高い〟といわれるだけの品質を担保できているという自負は少なからずあります。眼鏡市場さんは〝絶対品質〟を合言葉に、独自の品質基準を設けてPB商品を製造していますよね。実は弊社にとって、それは特殊なことなのです。
工具の精度が世界最高品質を支える
野村さん:先ほど製品の品質に対して自信があると話しましたが、市場にない工具や機械を独自に設計・開発できることに弊社の強みがあります。
もともとメガネのネジ作りから身を起こした会社なのですが、設計・開発の知見を持った人材を迎え入れたことをきっかけに、現在のスタイルへシフトしたという経緯があります。
刃物の研磨具合やドリルの回転数などを素材に合わせて独自にチューニングできますので、比強度(引張強さを表わす指数)が高く、取り扱い難しいといわれるチタン加工も得意分野としているのです。
―――工具の精度はどういった差を生むのでしょうか?
野村さん:ひとつは切削後の処理です。金属を削る刃物の品質が伴わないと、どうしても切削面に跡が残ってしまいます。この傷ついた表面をきれいにするために、バレル加工という切削したパーツを研磨する工程が必要になるんですね。
ネジはワッシャーやネジ穴、丁番はつがいで組み合わせて使用するパーツです。ご想像のとおり、研磨することでパーツはきれいになりますが、エッジは次第に丸みを帯びますよね。エッジが丸くなる、あるいはかすかにでも変形してしまえば、ネジ抜けや緩み、アガキ、ロウ付けする際にロウが流れ出す原因になるなど、品質を担保することが難しくなります。
写真はキングスター工場と共同開発した丁番『8239』。「GRADO(グラード)」「SABATRA(サバトラ)」「TATI(達)」などに順次採用。
野村さん:つまり、精密部品は使う機械を増やすほど、誤差が大きくなるのです。眼鏡市場さんのためにパーツを一貫製造できる専用機械を設計したことも、製品の品質・精度に自信を持つ理由のひとつです。
丁番の品質の良し悪しについては、弊社とキングスター工場で共同開発した丁番『8239』をご覧いただくのが手っ取り早いかと思います。あえてエッジを立てた直線的なスタイルにすることで、傷のないきれいな断面を直感的に認識できますよね。職人や業界人でなくても、ひとめ見た時に鯖江産のメガネならではの高品質を感じていただける。他社との差別化というだけでなく、そうした思いを込めて、この『8239』を開発しました。
取材・文/渡辺和博 撮影/坂下丈洋