福井県鯖江市は、国内で約96%を占めるメガネフレームの一大産地だが、鯖江産メガネのほとんどが分業制で製造されていることはあまり知られていない。
眼鏡市場を運営するメガネトップは、10年ほど前から鯖江市内の主要工場10社と連携。
ノウハウを共有しあうなど、これまでにない協力体制を構築することで、鯖江産メガネのブランディング強化、ひいては新たな価値の創出に向けた動きを加速させている。
眼鏡市場のPB商品は、鯖江市が誇るメガネ製造技術の粋を集めた、最高品質のプロダクトといっても過言ではないだろう。
第2回となる主要工場取材は、メガネフレームの母材であるチタンへのこだわりからお届けする。
世界最高峰!〝メガネクオリティー〟の国産チタン材とは?
チタンについては、メガネユーザーでなくてもご存じだろう。
ことメガネに関しては、1983年、鯖江市がチタン製メガネフレームの製造技術を確立したことをきっかけに、世界へ普及。それまで主流であったニッケル合金やステンレスにとって代わる素材として、メタルフレームの定番素材として定着している。
では、チタンは従来の金属と比べて何が優れているのか?
簡単にいえば、チタンは軽く(鉄の約60%、ニッケルの約50%)、強度があり(鉄の約2倍)、耐食性が優れている。また、汗や体液に溶け出しにくいという特性もある。
汗などで溶け出した金属が体内に入ると、人体のタンパク質を変化させる。変化したタンパク質は、人体に異物として判断され、拒否反応(金属アレルギー)を誘発する。
つまり金属アレルギーを起こしにくいチタンは、人体に優しい素材とも言えるのだ。
そしてもうひとつ〝チタンはメガネにとって最高の素材〟と称される理由にバネ性がある。
何を隠そう、このバネ性こそが鯖江から供給されるチタンを〝メガネ向け〟たらしめる最大の要因になっているという。
どういうことか?
難削材といわれるチタンの塑性加工の第一人者であるヤマウチマテックスの営業担当。メガネを中心に、医療器具の部材からアウトドア製品まで幅広い分野へ製品を供給。眼鏡市場のチタン商品の90%以上をまかなう。
実はメガネのようにバネ性を求められる商品は特殊です。そこで鉄鋼メーカーへ独自にオーダーする形で、バネ性を特化させたり、柔らかさを特化させたり、メガネ向けに合金化した新しいチタンの開発も行なっています。
――メガネでは、純チタン、βチタンという表記をたびたび目にします。
中でも純チタンはポピュラーな素材。純度の高いチタンを作る上で、日本の鉄鋼メーカーの技術は世界最高峰と言われていますし、名称の響きから「純チタンの方が良さそう」と感じている人は多いと思います。
ですが、メガネフレームとして使用するには純チタンの特性はちょっと心許ない、というのが、鯖江の職人全体の認識としてあります。βチタンと比べ、純チタンは柔らかく、バネ性にやや劣るのです。
――眼鏡市場のPB商品では、βチタンとしてベーシックな『β153』を使用するように、鯖江製メガネの多くはテンプル部にβチタンを採用していますよね。
――中国製のチタン製品は、ニッケルを下地にすることで表面加工をしやすくする方法をとっていると聞きます。一方で、鯖江製のチタンフレームは金属アレルギー防止の観点からニッケルレスに取り組んでいますよね。
90度折り曲げても割れない〝最薄かつ最強〟の色付け皮膜
眼鏡市場のPB商品は「3年間変わらないかけ心地」という、他社が追従できない〝絶対品質〟を掲げて開発されている。
この品質の裏付けとして、「フレームを90度折り曲げる」「1㎜刻みにカッターの刃を入れたフレームの傷に、粘着テープを貼って剥がす」「3万回の開閉テスト」といった検品テストを行なっていることは、あまりにも有名だ。
一見するとオーバーな取り組みのように思えるが、そうとも言い切れない。
メガネは日用品であるからこそ、自転車で転んでフレームが傷付くなど、経年劣化以外のあらゆるトラブルが想定される。
そういった不慮のアクシデントに耐え得ること、あるいは壊れてしまっても調整・修理が可能であることを含め、眼鏡市場は日常生活の中で安心して使える〝絶対品質〟を目指しているのだ。
そして、この〝絶対品質〟が、クルマの塗装の10分の1の厚さといわれる0.5㎛のメッキでも実現しているというのだから驚くほかない。
創業75年、現在鯖江で60%以上のシェアを誇る色付け表面処理メーカーの3代目社長。眼鏡市場が販売する年間約130万本もの日本製メガネの内、約115万本の製品の表面加工を請け負っている。
――メガネで使われる素材の中で、チタンは特に加工が難しい素材といわれています。色付け表面処理の第一人者であるアイテックは、鯖江だからできること〝鯖江クオリティー〟をどのように捉えていますか?
まず、その点で鯖江に一朝の利があります。表面処理のバリエーションが豊富なのです。メッキや塗装、イオンプレーティング(IP)、それらを組み合わせたものまで、いずれも高いレベルで実現できること。これこそが鯖江クオリティーではないか、と感じます。
―――〝高いレベル〟とは、何を指しますか?
――アイテックの品質基準は鯖江で一番高いという話を耳にしたことがあります。それをお手本にして、メガネトップはキングスター工場の品質基準を設定したそうです。
また、同業他社で品質基準を共有してもいます。メガネトップは、各分野の品質基準を束ねるように、独自に品質基準を設けて自社製品を作っている。だから、我々から見ても眼鏡市場のPB商品の品質基準はとても高いですよ。
――表面処理の技術を〝絶対品質〟へと鍛え上げるために、どういった取り組みを行なっているのでしょうか?
それから90度折り曲げ、沖縄から北海道まで様々な環境を想定した寒暖差、光の作用による色の変化を検査する耐光堅牢度、ニッケル溶出試験、メガネが日常的に受けるストレスを想定してあらゆる試験を実施しています。
ただ、こういった品質にかかわるすべてを社内でチェックでき、万が一トラブルがあった際に修繕できるノウハウがある。これは弊社ならではの強みといって差し支えないでしょうね。
どうして〝絶対品質〟にこだわるかといえば、買い直すことがお客様の負担になるからですよ。せっかくメガネを購入したのに、すぐに壊れてしまった。それが5000円や1万円の商品なら「仕方ないよね」と受け入れることができるかもしれない。
でも、だからといって、改めて気に入ったメガネを見つけて買い直すという行為は、お客様にとっては手間でしかない。
究極いえば、お気に入りのメガネを長く使ってほしい、手放さないといけない状況をなくしたい。そういう思いが眼鏡市場のPB商品に込められているだろうし、弊社も強く共感しているんですよ。
メイド・イン・鯖江にふさわしい〝世界最高品質〟の消耗品
最後に訪れた加藤八は、ダミーレンズやサングラスレンズ、モダンのエンドチップなどを中心とした加工・成型メーカーだ。
ダミーレンズは店頭で販売しているメガネに装着している、いわゆるサンプルパーツである。度付きレンズに交換する際に廃棄するパーツなのだが、実はドイツの最高級レンズメーカーと同等以上の品質基準でダミーレンズを製造しているという。
「世界最高水準最高のものを作る」というメガネの名産地・鯖江の心意気は、メガネの隅々にまで行き届いていることを証明する好例だ。
もちろん、それはテンプルの先端部であるモダンに取り付けるエンドチップも同様だ。
メガネ用レンズの加工メーカーとして1970年に創業し、現在はダミーレンズ分野で業界最大手へと成長。眼鏡市場が販売する約70%のPB商品に同社のパーツが採用されている。
――加藤八では、主に射出成型(溶かした樹脂を金型に射出することで成形する方法)でエンドチップを生産しています。
左が研磨前で、右が研磨後。光沢の違いがひと目でわかる。
――エンドパーツ1本にも職人としてのこだわりが詰まっている。
鯖江のメガネは分業制で、たくさんの職人の手や目、技術の積み重ねによって1本のメガネが完成します。どの職人も〝世界最高峰のメガネを作りたい〟という共通の思いを持っています。だからこそ、エンドパーツ1本だろうと手は抜けないのです。
――このエンドパーツも2~3年持つ〝絶対品質〟を実現している?
――ノーズパッドやネジと違い、エンドパーツは有償にはなりますが、眼鏡市場の店頭に持ち込めば、短時間で交換できるようになっていますよね。
加えて、エンドパーツを装着するテンプルの芯に特殊な形状を採用しています。この形状によってエンドパーツが不意に抜けてしまう事態を防いでいるのです。
分業制というと、複数の分野の職人がバラバラに仕事をしているというイメージを持たれるかもしれませんが、鯖江のメガネ作りはそうではありません。
フレーム、テンプル、ネジ、丁番、ノーズパッド、モダンのエンドパーツから表面処理まで、様々な専門性を持った職人が一丸となって知恵を出し合い、工夫が凝らし、トライ&エラーを繰り返すことで、眼鏡市場が目指す〝絶対品質〟を形にしているのです。
取材・文/渡辺和博 撮影/坂下丈洋