眼鏡市場×mono

鯖江のチタン加工技術を結集した
蝶番のないメガネ『ZEROGRA』

シリーズ平均重量4.9g。掛けていることを忘れるほどの軽さを極めた『ZEROGRA(ゼログラ)』は、そのミニマルなルックスも含めて、眼鏡市場のオリジナルとしては異色の存在感を放っているブランドだ。

最大の特徴は、メガネにおいて最も負荷がかかる“蝶番(ヒンジ)”をなくした引き算の設計。大胆なヒンジレス構造を支えるのは、重さをほとんど感じない直径1mmの極細チタンだ。

世界トップクラスの鯖江のチタン加工技術なしには生まれ得なかったこの日本製メガネには、鯖江の老舗工場で切磋琢磨してきた各分野のプロフェッショナルのアイデアや技が注ぎ込まれている。大衆受けと低価格を武器とする全国展開のメガネ量販店として、このような“攻め”の日本製プロダクトを追求することには、一体どんな意味があったのだろうか。モノ・マガジンは今回そんな問いを胸に、鯖江のキングスター工場へと赴いた。

日本製メガネの希少性と、鯖江の現状

日本の有名なメガネ産地といえば、福井県の鯖江市。現在も国産メガネの約90%は鯖江市で生産されているが、一方で世界から見た鯖江のメガネ生産量はいまどの程度のシェアがあるのか、考えてみたことはあるだろうか。

吉田和弘さん(以下敬称略、吉田):世界四大眼鏡産地といえば、イタリアのベッルーノ、中国の深圳、韓国の大邱市、そして日本の鯖江。かつて世界における鯖江のメガネ生産量は約20%のシェアがありましたが、実は2025年現在で0.5%程度まで下がっています。本数でいうと、市内の工場をフル稼働しても月産60万本くらいが限界でしょう。これが、日本を代表するメガネ産地、鯖江の現状なんです。

そう教えてくれたのは、眼鏡市場のオリジナルブランドを手がける商品開発部部長で、鯖江にあるキングスター工場の工場長も務める吉田和弘さん。日本のメガネ生産量が激減していくなか、眼鏡市場の商品を製造するキングスター工場では、毎月3.5万本前後の国産メガネが製造されているという。

眼鏡市場のオリジナル商品を製造するキングスター工場は、鯖江でも有数の規模の大きなメガネ製造工場。メガネ作りにおける200〜250の工程がエリアごとに振り分けられている。

工場スタッフは140人。40年以上メガネ作りに携わる職人も多数在籍している。写真の男性は最高齢となる73歳の凄腕の磨き職人だ。

吉田:ありがたいことに、世界シェアわずか0.5%の中の、およそ6分の1が眼鏡市場の商品です。我々は海外にも25の協力工場を持っていますが、純粋な日本製メガネの割合はいま全体の45%くらいまで上がってきました。我々のような全国展開の小売店で、これだけの日本製フレームを製造・販売している店は他にありません。もちろんコストはかかりますが、日本製の高品質なメガネが欲しいというお客様の声は年々大きくなっています。この割合をさらに上げていくことが、我々が今後目指すところでもあります。

希少な日本製の、さらなる“極み”を目指したメガネ

2011年に誕生した『ZEROGRA』は、そんな日本製メガネの究極を目指した、実に贅沢なブランドといえる。コンセプトは世界一の軽さと壊れにくさ。その答えとして、メガネの中で最も負担がかかって壊れやすい“蝶番(ヒンジ)とネジ”を取り払ってしまうという大胆なアイデアが採用された。

フレームはいずれもヒンジレスで、パーツ数も非常に少ない。テンプルを折り畳むことはできないが、頭部にフィットさせる絶妙なカーブがかかっている。

すべてのモデルに専用のケースが付属。

吉田:メガネには一般的に30前後のパーツが使われますが、『ZEROGRA』の初期モデルは15〜16個のパーツで作りました。今はさらに改良を重ね、最もパーツ数が少ないモデルはわずか7パーツで設計しています。

頭部にふわりとフィットする直径1mmの極細テンプルは、約3万回におよぶ開閉テストをクリアしている。

吉田:こういったヒンジレスのコンセプトを採用した軽量メガネは、当時からヨーロッパの高級ブランドにもあったのですが、それらは主にステンレス素材を使用していました。なら我々は、より軽量で耐久性も高い、日本ならではのチタン素材でやってみようということになったんです。

チタンを成形するプレス機が並ぶエリア。たったひとつのパーツを成形するために何台もの機械と人手を要する。

メガネ部品として加工するためにカットされたチタン。これにプレス機で圧力をかけて部品を成形していく。

カットしたチタンを治具(型)に固定し、数十トンの圧力でひとつずつプレスする。

下が芯材にプレスをかけたもので、余分な箇所をカットすると上のようなメガネ部品の原型が出来上がる。ここからさらに何工程もの磨きの工程が始まる。

鯖江のメガネ作りにおいて他にない強みといえば、世界でも指折りのチタン加工技術。市内には欧米の高級メガネブランドのOEM製造を行うメーカーも多い。

吉田:ステンレスで作った欧米ブランドのヒンジレスフレームは、当時でも5万円以上したと思います。我々は眼鏡市場ですから、それをレンズ代込みで2万円台まで抑えたい。でも加工の難易度でいうと、チタンを使う方がずっと難しい技術を要します。そんなわけで、『ZEROGRA』は100%日本製でしか実現しえない企画でした。それも、鯖江の中でもトップレベルの技術力を持った職人たちを集める必要があったんです。

世界シェアわずか0.5%の高品質を支える職人の町、鯖江のトップ・オブ・トップ。吉田工場長の熱心な働きかけで、市内のいくつかの会社から精鋭スタッフが集められた。

吉田:『ZEROGRA』っていうのは、会社の垣根すら取り払った“チーム鯖江”で生み出したブランド。職人かたぎな人間が多い鯖江においては、本当に前代未聞の試みでした。

『ZEOGRA』開発に関わったチームの面々。写真右上から時計回りに/
アイテック 取締役 執行役員 表面処理事業部 事業部長の前田美輝さん、加藤八 代表取締役社長の加藤弘紀さん、メガネトップ 商品本部 キングスター工場 設計・品質管理課の岡野総一さん、メガネトップ キングスター工場 設計・品質管理課主任の八木康介さん、メガネトップ 商品本部 商品開発部部長 兼 キングスター工場長の吉田和弘さん、エクセル眼鏡 チーフデザイナーの安井利彰さん、エクセル眼鏡 代表取締役社長の佐々木英二さん

メーカーの垣根を超えた、チーム鯖江のもの作り

『ZEROGRA』の開発を主に担当したのは、鯖江の老舗メーカーであるエクセル眼鏡。現在に至るまで全部で6社のメガネメーカーや部品・加工会社が開発と製造に関わっている。

佐々木英二さん(以下敬称略、佐々木):キングスター工場さんで行われた最初の打ち合わせは、非常に気まずかったのを覚えています。我々もこの町で何十年もメガネを作り続けていますが、ライバル同士が集まってひとつのブランドを開発したのは全く初めての経験。『ZEROGRA』の開発現場では、普段は絶対に外へ公開することのない各社の技術やアイデアをオープンにして、その中からより良い方法を採用するというやり方をするんです。我々も初めのころはそこに抵抗感がありました。

そう当時を振り返るのは、エクセル眼鏡の佐々木英二さんだ。同社は欧米の高級ブランドのOEM製造なども手掛ける一流メーカーで、『ZEROGRA』においてはブランド命名から企画、製造まですべての過程に関与してきた。特にデザインにおいては、ロゴマークからフレームまで同社のチーフデザイナーである安井利彰さんが中心となって手掛けている。

左がエクセル眼鏡の代表取締役で、一般社団法人 福井県眼鏡協会の会長も務める佐々木英二さん。右が『ZEROGRA』のアイデアマンで同社チーフデザイナーの安井利彰さん。

佐々木:部品を減らして壊れにくい構造にすると同時に、軽さや掛け心地の良さをどうやって出していくか。ここが、『ZEROGRA』の開発でいつも試行錯誤している部分です。2011年の発売から2025年までに70型以上をリリースしていますが、構造はすべて同じではなく、モデルごとに設計もデザインコンセプトも変えています。

安井利彰さん(以下敬称略、安井):例えば、ラウンド型の「ZEG-C01」に使われている部品は7点です。レンズの付け外しをする“ブロー智”というパーツをフロントと一体化させたり、ブリッジとクリングス、パッドの3パーツをひとつのパーツにまとめたりしました。部品数を限りなく減らすことで、耐久性や軽さといった機能を強化するというコンセプトで作ったモデルです。

ブリッジと鼻パッドを一体化させたマンレイ山の「ZEG-C01」。使用パーツ数は全部で7点、重さはわずか4.6g。

吉田:軽くするには、素材を薄く細くしていく必要がありますが、あまり細くすると今度は強度に問題が出てきます。また、パーツが少ないからこそひとつの部品の金型は大きくなりますし、曲げの工程も増えます。さまざまな要素をふまえ、テストを繰り返して最も良いバランスを探らなければならないので、『ZEROGRA』の製造には途方もない手間暇とコストがかかるんです。

初期の人気モデルの復刻版である「ZEG-C05」は重量4.6g。極薄のチタンシートを切削した、溶接もネジも使わない1枚板フレームは、精妙なバランスによって成り立っている。

「ZEG-C04」は、チタン製リムの縁をプラスティックで挟み込んだインナーリムの構造。重量4.8gと非常に軽く、昨今のトレンドを反映したモデルでもある。

クラシカルなオクタゴン型の樹脂フロントフレーム「ZEG-C02」は重量5.1g。クリングスと鼻パッドを一体にすることでパーツ数を最小限に。

佐々木:毎年新型をリリースしていくので、一時期は新しい要素を“足す”方向にばかり向かってしまったこともありました。今はまた原点回帰して、部品数をいかに減らすかという方向で次の手を色々と考えているところです。

吉田:コンセプトがずれると、販売本数に如実に表れてしまうのが眼鏡市場ですからね(笑)。

佐々木:そうそう。眼鏡市場さんのすごいところは、自分たちが納めた製品が月にどのくらい売れたかを、数字で具体的に共有してくださることなんです。一般的なクライアントさんは、メーカーに売り上げの状況はあえて教えたがらない傾向があります。でも『ZEROGRA』の場合は、“チーム鯖江”のもの作りなのでその垣根がありません。情報を共有することで今後の参考にもなりますし、我々にとっても勉強になる部分が大きいんです。

お互いにもっている情報やアイデア、製品作りにプラスになることはミーティングでできる限り共有するスタンス。

テストの結果など、さまざまなメモが貼られた製品サンプル。

当初は抵抗感があったライバルメーカーとのチーム編成についても、仕事を重ねるごとに考えが変わってきたそうだ。

安井:『ZEROGRA』はもう15年近い仕事になりますが、他社のデザイナーさんとともにブランドを作り上げるという仕事は未だこの機会だけ。普通、私たちは他社のインハウスデザイナーさんのお顔も知らないのが当たり前ですし、ましてやその方が描いた図面が見られる機会なんてまずありません。これが自分にとっては本当に良い刺激になっていると思います。

佐々木:他社さんのプレゼンを聞いてこちらの士気が上がることもある一方で、逆にお互いプライドをもってやってきた工場だからこそ、変に口出しはできなかったり、配慮に苦労する部分も多々あります。ただ、チームの中で個々が競い合うことで、より良い製品が出来上がっているのは事実。眼鏡市場さんのやり方はうまいと思います(笑)。

吉田:いつも価格の部分では激しい攻防があるんですけれどね(笑)。でも、このプロジェクトで一番変わったのって、エクセル眼鏡さんのデザイン室なんじゃないかと私は思います。それまではパソコンに向かって絵型だけ描いていたのが、今や店頭ディスプレイのことまで考えてアイデアを投げてきてくれますから。

佐々木:そうですね。弊社でも従来は部署を超えた打ち合わせはあまりしてこなかったのですが、この仕事を機に私たち自身も変わりました。デザイナーと製造現場の人間が顔を合わせながら商品開発するとか、そういう動きが社内でも増えたように感じます。

吉田:世界のトップブランドと取引をされているエクセル眼鏡さんからしてみれば、うちの仕事は価格的に相当厳しい部分もあると思います。ただ、弊社は“本数を売る力”はダントツで強い。そこをモチベーションに、より良いアイデアとノウハウをご提供いただけている。いつも本当に感謝しています。

チーム鯖江で守る、日本のメガネの未来

キングスター工場は、2027年からの竣工を目標に新工場と新たな施設の増設を計画している。一般客へ向けた工場見学ツアーを実施したり、福井の伝統工芸品・名産品が並ぶ物販ストア、レストランなどを併設した、“メガネのテーマパーク”を作るという構想だ。

吉田:メガネの製造工程は200〜250くらいありますが、一般にはほとんどその中身が知られていません。でも実際に見るとやっぱり面白いですし、工場見学ツアーとしてかなり見応えがあると思うんです。

プレス成形した部品を磨き上げる“バフがけ”の工程は、熟練度を要する繊細な作業。

主に部品の組み立てを行うエリア。極小のパーツも多いため、指先が器用な女性の職人も多数活躍している。

工場は製品の出荷倉庫も兼ねる。10年以上前に発売されたフレームのスペアパーツも整然と保管され、破損などに対応している。

薄暗いメガネ工場のイメージを一新し、一般に広く公開するというアイデアは、斬新ではあるがとても興味深い。

吉田:同時に、冒頭でも少しお話ししましたが、私たちは今後国産メガネをさらに増産していきたいと考えています。その戦略の背景には、品質の向上や、海外生産のリスク軽減といった目的もありますが、それ以前にやはり、長年営まれてきた鯖江のもの作りを守っていきたいという我々なりの理念があるんです。

いまメガネの業界では、世界中の著名ブランドがヨーロッパの巨大なメガネメーカーに買収されていく一方で、巨大な資本力を持つ中国製の安価なフレームが爆発的に普及しているというふたつの大きな流れが発生している。

吉田:我々に限らず、鯖江のメーカーがこの地でいかに、高品質なもの作りを続けていけるか。いまはその瀬戸際に来ている時期です。この町でも3本の指に入る規模の大きい工場をもつ自分たちにできることがあるとしたら、それはまずできるだけ多くの日本のお客様に、日本製の高品質なメガネをお届けし、使っていただくということだと思っています。

メーカーの垣根を超え、『ZEROGRA』を作った“チーム鯖江”の仕事には、鯖江という町の未来につながる重要なヒントがある。そんな背景に想いをはせながらこのフレームを手に取るとき、私たちは初めて、日本製メガネの本当の価値に触れることができるのかもしれない。